精神の煮こごり。

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【七十九日目】あの漫画、なんてタイトルだっけ?

むかし読んだ漫画が思い出せなくてもやもやする。こういう経験、ないだろうか?

この前、まさにそんなもやもやに取りつかれてしまった。絵柄や作風などは断片的に覚えているものの、肝心のタイトルや作者が思い出せない。頭のなかに霞がかかっているようだ。かろうじておぼている手掛かりやキーワードでググってみるのだけど、いっこうにわからないから気持ちが悪い。

 

そこでヤフー知恵袋で質問してみることにした。知恵袋に書き込むことは今までほとんどなかったが、ググってもお手上げなのだから仕方ない。

 

思い出せる特徴は

 

・柔らかい線のヘタウマ的な絵柄

・ブラックユーモアの混じった童話風の作品

・カタカナ何文字かのタイトル

・主人公が市長?町長?だった気がする

 

……はて。こんな断片的な質問で果たしてわかる人がいるのだろうか? なんとなくの絵柄は覚えているのだけど、自分でまねて描き起こすほどには記憶は鮮明でなく、しぶしぶこの四つの手掛かりに託してネットの海に質問を放ったのだった。

 

そこでふと疑問が。僕みたいに漫画のタイトルを思い出せないでもやもやしている人はどうやって解決しているのだろう? 気になっていると、「関連する質問」に同じようなことを書いている人がいる。

 

f:id:nikogori_of_mind:20190120194834j:plain

 

思い出せないマンガのタイトルを探せるサイトや2ちゃんのスレはないですか?... - Yahoo!知恵袋

  

おお~!そんなスレがあるのか。ということで5chのリンクを踏んでみてみたのだが……

 

これが面白い。おもしろいのだ。

 

世の中には「漫画思い出せなくてモヤモヤしているマン」が実にたくさんいて、このスレでは次から次に特定依頼が書き込まれている。回答者は何人かいるのだろうけど、うっすい特徴やキーワードから作品をぴたりと特定していくのがすさまじい。それも見ていて面白いのだけれど、僕が興味をもったのはむしろ、質問者の提示する特徴のほうだった。例えばこれ↓

 

412名無しんぼ@お腹いっぱい@無断転載は禁止2017/08/27(日) 12:27:04.08id:ycjTo57N0
【作者名】 わかりません 
【作品名】 わかりません 
【掲載年or読んだ時期】 8~10年前だと思います 
【本の形態】ヤングジャンプの様な薄い型の冊子だと思います 
【誌名】 わかりません 
【絵柄】 覚えていません 
【ストーリー、その他覚えている事】 
途中の話だと思うのですが、 
バスの中で女性が手すりに手足を固定され、周りにはお爺さんが沢山いて、その女性に色々とイタズラをするのですが、 
バスの運転手がそれを見入ってしまい事故を起こしてしまいます。 
周りにいたお爺さんたちは事故に巻き込まれましたが、女性だけは無傷で生き残ります。ですがその女性は何処かのスパイでそのお爺さんたちは何処かの組織の一味らしくバスはある島に向かっていました。事故はその島の近くで起きました。 
女性はその島を見て、「見つけた」みたいなことを言っていたと思います。

 

どうだろう。全然この作品を知らないのに、読んでみたくならないだろうか?ちなみにこの質問には安価がついてないから結局わからなかったみたいだけど……。
 

ほとんど忘れてしまった作品の一部だけを思い出して尋ねているのだから、当然、あげられている内容は印象に残るような奇妙なものが多い。エログロ系の場面が多いのは、幼いころに「大人向け」の作品を読んで受けた衝撃がその後何年もその人の記憶に残り続けているかのようだ。僕も小学校低学年のときに読んだますむらひろしの短編ホラー(人間が植物に変化していく話と猫が人間に毒薬を飲ませて殺す話)と『はだしのゲン』の死体に蛆がわくシーンは今でも強烈に覚えているし、こういうことなのかな。僕自身はそれほど漫画をたくさん読まないから、質問だけ読んでもほとんど答えられないのだけど、この世界のどこかにこういう印象的な場面が描かれた作品が存在しているのか~と考えるとちょっと感慨深くなる。もしかすると、このスレであげられている質問から逆算してと、人の印象に残りやすいシーンの特徴を抽出し創作に生かすこともできるのではないだろうか?

というわけで、すっかり時間を忘れてこのスレを追いかけてしまった。まさか、漫画を思い出せないことからこんな面白いものを見つけるなんて…。

 

 

ちなみに、僕が探していた作品はこれでした。突然ふっとタイトルを思い出せたのです。よかったよかった。

 

ワイルドマウンテン 1 (IKKI COMICS)

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【七十八日目】死んだふり

部屋にこもりっきりの生活をしていたせいか、身体を動かしたくなった。

そこで、自宅の近くの河川敷を少し散歩することにした。

 

舗装された一直線の道、その左右には雑草が茂っている。枯れ草が多く、さすがに夏のような勢いはないものの、それでもなお雑草がところどころに緑を残している。何となしにぶらぶらと茂みに近づいてみると、草の茎に光沢のある甲虫がしがみついていた。指先ほどの小さな虫だ。ハムシだろうか。触ろうとすると、しがみついていた脚を縮めてポトリと地面に落ちた。僕は虫を見失った。

疑死、というやつである。死んだふりのことだ。別にハムシに限らず、多くの昆虫が身の危険を感じるとまるで死んだかのように脚をこわばらせて固まってしまうことは、虫に触れたことのある人ならだれでも知っていると思う。

 

散歩から帰ってきて、家でコーヒーを飲んでいると、ふと昔読んだ本の内容を思い出した。ファーブル昆虫記だったろうか。そこに書かれていたのは、

虫の「死んだふり」は、死を模しているのではない

ということだった。考えてみれば当たり前で、死という概念を生み出し、知っているのは少なくとも人間だけだ。僕たちのなかで死を経験したことがある人はまだ一人もいない。では、なぜ死をイメージできるかというと、僕たちは未来を考えることができるからだ。過去ー現在ー未来という時間軸で自分の存在を考えることができる。誕生以前ーいまーそして死、である。では、虫は死という概念を理解しているのだろうか。おそらくは理解していないだろう、たぶん。虫の頭に過去や未来はない(と思う)。死という概念を知らないのに、死んだ状態を模倣することは難しいだろう。

そんなことを考えながらwikipediaを見てみると、確かに「疑死」は「死んだふり」とは考えにくいと書かれていた。

 

擬死は、言葉の意味からすれば、を装うことで敵の攻撃を避ける、という意味に読める。実際、いかにも死んだかのように見えるものはある。しかし、死んだように見せかけることが身を守ることになるか、には大いに疑問がある。肉食動物の多くは生身と新鮮な死体を区別しないだろう。

特に昆虫などの場合、死を装うと見るのはうがち過ぎか、と思われる例が多い。例えばクワガタ類は足場が振動すると硬直するし、テントウムシ類は天敵が近づくだけで硬直する。これらは、何かあったらまず動かなくなることを選択している、と見ることもできる。これは、多くの動物において動いている対象の方がはるかに発見しやすいことを考えれば、きわめて有効な逃避となろう。

 

虫は驚くと死んだふりをする、というのは人間の勝手な思い込みだ。疑死という現象がなぜ昆虫に備わっているのかは神のみぞ知るところだが、おそらくはウィキにも書いているように、とっさに硬直して姿を消すことで生存確立を高めるという行為なのではないだろうか。

いや、もしかすると、「死んだふり」をしているときの昆虫は本当に気絶しているのかもしれない。意識の喪失、ブラックアウトはまさに小さな死だ。ところで、フランス語の言い回しで女性のオーガズムを“petite mort”というらしい。もし虫が死ぬほど怯えるたびにエクスタシーを感じていたとしたら……。虫にとっての疑死は、首絞めセックスみたいな、生と死ギリギリの間の究極の快感なのかも。いや、捕食されたら文字通り一巻の終わりなんだけど。

 

クマに襲われたときは死んだふりをした方がいいという(嘘らしいけど)。死んだふり、というと、みんな外形的な模倣をするのが面白い。つまり、息を止めて、全身の力を抜いて、ぐにゃぐにゃに横たわるということである。逆に、内面的な形での「死んだふり」ってないのだろうか? 例えば睡眠は内面的な「死んだふり」だろうか?

 

死の客観的な状態、例えば〈死体〉なら知っている。葬式で遺体を見ることだってふつうにある。しかし、死の主観的な状態は誰にもわからない。決して経験できない。では、なんで僕たちは死を恐れるのだろう? 不確定な未来を恐れるということが遺伝子に刻み込まれた本能であり、「生きている」という状態なのだろうか? 逆に言うと、将来に対する不安や怯えのない、惰性的な生は死と同じなのだろうか?ーー夢追う若者の青春物語ではそうかもしれないけど、実際のところは違うはずだ。人間が百人いれば百人の生き方があり、死に方がある。そのどれもが「過去ーいまー未来」という時間の流れを、修羅場を潜り抜けてきている。現実のなかで危なっかしげにバランスを取りながらも継続的に存在し続けている限り、どんな生き方をしていようとそれは生きているということだと僕は思う。

 

うーん、僕たちが死について知っていることは本当に少ない。

【七十七日目】「トレインスポッティング」ーー青春ってなんだ?

この前、アマゾンプライムで「トレインスポッティング」という映画を見た。今から25年も昔の映画だけど、かなり有名な作品らしいから知っている人も多いんじゃないだろうか。

 

映画のあらすじはたぶんあちこちで語りつくされているだろうけど、簡単に書いておくとーー

主人公マーク・レントンスコットランドの若者で、ヘロイン中毒のジャンキー。定職に就くこともなく、何をするでもなく、日がな一日ドラッグにふけっている。つるんでいる仲間は、レントン以上に重度のジャンキーのスパッド、女たらしのシック・ボーイ、ケンカ中毒のベグビー。全員、日々を気ままに過ごし、金がなくなると万引きや強盗を繰り返しているろくでなしだった。いったんはレントンも禁ヤクに成功して定職につくものの、結局は仲間に引き戻されてドラッグ再開。紆余曲折あって、四人は大量のヘロインを格安で仕入れることになる。それをロンドンでヤクザに売りさばき、一晩にして大金を手に入れるものの、レントンは「このお金を元手に堅気に戻る」ためにひとりお金を持ち逃げする……というお話。

 

上の説明ではトミーっていう仲間が割愛されているけど……まあいいか。

 

まあ要するに、どうしようもないろくでなしのクズ野郎たちの映画ですね、これは。若者の行き場のない鬱屈がテーマでもあるんだろうけど、いかんせんヤク中のイメージが強すぎる。レントンが薬を打ったままぶっ倒れて床に沈み込むシーンのようにトリップの描写はうまいな~と思ったけど、映画のストーリー自体に心打たれるわけではなかった。音楽と映像が「おしゃれ」だから昔大流行したそうだけど、たしかにマッチしているとは思うものの突出してすごいとも感じなかったのである。

 

ただ、こういう「ろくでなし」×「ドラッグ」、あるいは「暴力」、みたいな物語のタイプは若者のストーリーとしてある種の普遍性があるのかもしれない、と思った。昔読みかけて途中でやめてしまったけど、ジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード』やC.ブコウスキーの小説に似たものを感じたというか。「時計仕掛けのオレンジ」っぽいというか。僕はドラッグをやったこともないし、行き場のないイライラを暴力衝動へ変化させた経験もないけど、こういうハチャメチャな青春譚が「おしゃれ」で素敵に見えるというのは、やはり若者の特権たる若さや自由が刹那的な人生を美しく映し出すからなのだろうか。だって、この手の話をそれこそ中年のおじさんたちがやっていたら、正直イタイとしか思えないもの。

そう、映画として琴線に触れるというわけでもなく傑作だと感じるわけでもないのだけれど、なぜかこういう物語に共感してしまう(ような気がする…かなり微かな気配でしかないから)ことが不思議なのだ。ろくでなしやヤンキーとか嫌いな小市民なのに! 僕が若いからだろうか? もし僕が20年後に「トレインスポッティング」をみたら、もはやそこに描かれているきらめきに共感できずただノスタルジーに浸るだけになってしまうのだろうか? もしかしたらそもそも理解できなくなっているのかも。

 

というわけで、見た後に思ったのは、ここで描かれるような青春って何だろうということでした。この映画を見てもヘロインやりたいとかサラサラ思わないけどね。かといって反面教師的に「まっとうに生きよう……!普通が一番!(ガクブル)」みたいな感想に至るわけでもないという。かつて『闇金ウシジマくん』を初めて読んだときはそう思ったものだけれど。共感しつつも、そこまで振り切れない宙ぶらりん感が、ある。

 

ちなみに、続編の「T2 トレインスポッティング」もゲオで借りてみました。こっちはamazonのレビュー(だったかな?)で見かけたように、「おじさんの、おじさんによる、おじさんのための」映画だと思った。いまいちでした。

【七十六日目】眉毛切りすぎてへこむ

まあ表題の通りなんですけれども。

どうやって眉毛を整えるか? とんと身だしなみに無頓着な男だった僕にとって大きな問題だった。眉毛を意識しだしたのは大学一年生のころからだろうか。それまで指一本触れずにきたせいで、思う存分に生を謳歌して育ってきた僕の眉毛はいささか自由すぎる様相を帯びてきた。眉尻など手入れしていない庭のごとくあちこち気ままにお毛々がコンニチワしている。これは困った。僕は100均へ走り、ままごと道具のような小さなクシとこれまた小さなはさみのセットを買ってきた。これで安心である。

それからは、鏡の前で自分の顔とにらめっこしながら定期的に眉毛を切ったり剃ったりする日々が続いた。抜かないのは痛がりだから。幼少期、木のささくれや棘が指先に刺さると、僕の母親は皮膚にねじ込むように毛抜きを使ってそれらを取り除いてきたため、毛抜きを受け付けない体になってしまったのだ。

クシとはさみがあっても眉を整えるのは難しい。最初は失敗の日々が続いた。眉尻がはげ散らかすことも、眉全体が薄毛になることも日常茶飯事だった。しかし、たゆまぬ訓練が僕の剃毛スキルを向上させ、いつのまにか手早く自然に眉毛を整えるスキルが身についていた。

 

しかし、ここしばらくは忙しかったこともあってすっかり手入れ無精になり、この時期は洗面所に立つのも寒いのでずっと放置気味。結果もさもさに。これはさすがに、ということでさっき久しぶりに鏡の前でにらめっこをして切っていたのだが……左右のバランスを考えずに適当に切ったせいで、左眉が棒のような不自然な直線と化してしまった。

あ~あ。

【七十五日目】ブログ再開します

またぼちぼち、ブログを再開していくつもりです。当初の予定通り、100日は更新したいのでできるだけ毎日書いていきますが、最近はネタがかなり薄くなっていたのでもう少し中身のあるものをつくる所存。