精神の煮こごり。

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【十六日目①】ジョジョ四部の面白さと「日常に潜む謎」

皆さんはジョジョの何部が好きですか?

 

私が一番好きなのは七部です。理由は単純で、それが初めて読んだジョジョだから。大学生のころ、所属していたサークルの部室に七部が全巻置いてあり、空きコマや昼休みや放課後を使ってジョジョをじっくり読んだものです。それ以来、ある時は人に借りて、ある時は漫喫で、ある時は単行本を買ってジョジョを読み続けてきました。

 

で、八部以外は一通りは読んだのですが、最近また四部を読み直しています。

ジョジョの奇妙な冒険 公式アプリで全話無料で読めることを最近知ったからですね(このアプリ、やたら重いのが玉にキズ)。

 

で、久しぶりに四部を読んだ感想は「完成度が高い」。作者・荒木飛呂彦は勢いで漫画を描いているところがあると思うのですが(だって矛盾多すぎるし)、この人の書くサスペンス・ホラーやスリラーの妙味は、大きなストーリーラインの中ではなく短編集的に描かれるほうが生きてくると思うのです。

杜王町という小さな町で起こる、日常の中の謎や異変。箱庭的なスケールの小ささが、かえって「ちょっとまて、何かおかしい……!?」と感じさせる異常さや不気味さをひきたてている気がします。

そういう意味で、七部『スティール・ボール・ラン』のような、レースや遺体集めといった大きなストーリーラインに制約された物語より、四部『ダイヤモンドは砕けない』のほうが個々のエピソードの完成度は高いと思うんですよね。で、それぞれの事件がだんだんと「吉良吉彰をめぐる戦い」へと収束していくという展開もわかりやすく、読んでいて「次はどうなるんだろう?」と思わせるものになっていると思います。

 

さて、久々に4部を読み返して思ったこと。それは、自分も日常の中に潜む違和感・不気味さを経験したことがあったな~ということ。もちろんスタンドバトルのような派手な形ではなく、ちょっとした謎、くらいのものですが。

 

例えば、こういうエピソードがあります。

 

 

 

 

 あれは私が小学4年生のころでした。

当時、私の家族はあるマンションの一階に住んでいて、子ども部屋の窓からは通り抜けできる路地が見えていました。10歳だった私は、小学校に行く前に早起きして、だんだん明るくなってくる窓のそばで『ハリー・ポッター』シリーズを読むのが何よりの楽しみでした。

ある冬の朝の日のこと。私はいつもより早く目が覚めました。確か、5時くらいだったと思います。外はまだ薄暗く、遠くの大通りを行きかう車の音がまばらに聞こえる程度でした。その日もハリーポッターの続きを読もうと思っていたので、いつもより早く起きてしまったけど仕方がない、お楽しみの時間が長くなるからまあいいや、と窓辺に行って本を読み始めたのです。ちょうど窓にはカーテンが引いてあり、端から漏れる日の光だけでもなんとか読書ができました。

読み始めてから十数分ほどたったころ。私は、ふと外の物音に気が付きました。カーン、カーン、カーン……と一定のリズムで刻まれる高い音が聞こえてきたからです。杖か何か、棒状のものが地面に打ち付けられるような音でした。何の音だろう、と思いながらもページに集中しようとしていると、だんだんと音の間隔が近くなってくることに気が付きました。そう、最初に聞こえたときは1分間に一度程度の間隔だったのが、30秒に一度程度に代わり、しかも音が徐々に大きくなってきていたのです。

 

「おじいさんが杖をつきながら朝の散歩をしているのかな?」

 

と思いました。まさにそんな感じの音だったからです。そして、音がだんだん大きくなっていくのは、目の前の路地を通り抜けていこうとしているからではないかと考えました。

しかし、私たちの住んでいたマンションは大通りから少し離れたところにあり、普段は人通りもほとんどありません。何より、ここ二週間くらい毎朝早起きをしているけれど、散歩する老人を見かけたことは一度もない。なんだかおかしいな、でも誰かが道を通るならちょうど窓から見えるはずだ、と私は思いました。もう本には集中できなくなっていたのですが、ひざの上にページを広げたまま毛布にくるまってじっとしていました。

カーン、カーン、という音はかなり大きくなり、勢いよく何かを打ち付けている音だということがはっきりしました。そして、いよいよ窓の外、目の前を通り過ぎようとしていることも。私はカーテンの端からこっそりと外をのぞいてみようとしました。

 

そのとき。前ぶれもなく、急に私の鼻から鼻血がどばっと出てきたのです。慌ててティッシュに手を伸ばしたのですが、開いていた本のページや毛布にも血が飛び散り、拭っても拭ってもべっとりとこびりついてしまいました。

「困ったな……」

と思っていると、ふと、窓の外の音がしなくなったことに気が付きました。私がたてた物音が聞こえたのかもしれない。そして、カーテンを隔てた向こう側から、しわくちゃの老人が無表情でこっちをじっと覗き込んでいるイメージが、突然私の頭の中に浮かんできました。

 

「窓の外を見てはいけない」

 

ととっさに思いました。右手でティッシュを丸めて鼻を押さえ、左手で本を開いた姿勢のまま、金縛りにあったようにじっとしていたのです。何分たったのかはわかりません。かなり長い時間だった気がしますが、一瞬だったようにも思えます。しばらくすると、再び音が聞こえだし、だんだんと小さくなり、遠ざかっていきました。止まる前と何ら変わらないリズムでした。

 

時間を見ると、6時になる少し前。とても怖かったのですが、もうすぐ母親が起きてくるということもあり、意を決してカーテンをちらりとめくってみたのです。

 

窓の外には何もありませんでした。いつもと変わらぬ朝の路地が見えていました。

 

 

 

 

今思い返すと、なんとも他愛のない話です。本当に老人が散歩していたのかどうかさえ定かではない。ただの想像かもしれません。しかし、あの時感じた恐怖の感覚は今でもしっかりと覚えています。

得体のしれないものが、薄いカーテン一枚を隔てた向こう側でこっちを観察している。そんなイメージがまさに鮮烈に、頭に浮かんでいたのでした。

 

もし私がジョジョの登場人物なら、ここからスタンドバトルに巻き込まれていったのかもしれません。しかし、私はスタンド使いではないようですので、今も平和に暮らしています。