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【十九日目】読書感想 ルーシャス・シェパード『竜のグリオールに絵を描いた男』

こんにちは。

今回読んだ本はルーシャス・シェパード(内田昌之訳)『竜のグリオールに絵を描いた男』です。

 

竜のグリオールに絵を描いた男 (竹書房文庫)

竜のグリオールに絵を描いた男 (竹書房文庫)

 

 

あらすじ。
全長1マイルにおよぶ、巨大な竜グリオール。はるか昔に魔法使いに封じ込められ、もはや動くこともできない。地に埋もれた身体には草木が生え、川が流れ、さまざまな動物が住み着いて一つの世界を作っている。人々は竜の上に村を作り生活している。しかし、動けなくなってもなお、竜の邪悪な意思は人々の想念を支配し、その運命を操っている……。


巨大な竜グリオールが封じ込められた土地、という共通の世界を舞台に、表題作『竜のグリオールに絵を描いた男』のほか『鱗狩人の美しい娘』『始祖の石』『嘘つきの館』という四つの短編が収録されています。文庫本で1100円とけっこういい値段がしますが、美しい想定が素敵です。ただちょっとグリオールの姿がイメージと違ったかな?この絵は微妙にアニメっぽいテイストのような気がしますが、もうすこし竜の目が「得体のしれない」感じを出しているとさらによかった。
あとがきによれば、「全長が一マイルを超えた高さが七百フィートある麻痺した竜が、精神の力で周囲の世界を支配し、悪意に満ちた思考を送り出して人びとを意のままにあやつる」という設定は当初、レーガン政権への隠喩として考えられたそうです。ルーシャス・シェパードの本を読んだのは今回が初めてでしたが、現代社会の問題をファンタジー的設定に仮託して描くのがうまい作家のようです。しかし、そんなこととは別にしても、メチャメチャ巨大な未知の生き物が出てくるとか思考を操られて自由意志が奪われるとかはそれだけでSF・ファンタジー好きにはグッとくる設定ですね。この後、個々の話の感想を書いていきますがネタバレを含みますので注意

 

 

 


『竜のグリオールに絵を描いた男』


いや、巨大すぎる悪意にまみれた竜ってだけでも面白いのですが、毒性のある絵の具で絵を描くことで、徐々に気取られずに竜を殺す作戦……ってどんな頭をしていたら思いつくのか。気になりすぎる。
主人公メリック・キャタネイが最初は熱意と野心に満ちたちょっとマッドな青年芸術家だったのに、竜の眼を目の当たりにして一気に萎縮してしまうところがいいですね。竜に絵を描くという長年の公共事業が、次第にドヤ街を生み出し猥雑な環境を作り出していく、というところもリアルです。ただ、話の印象としては他のものより薄かったかな?一応、メリックと恋人リーゼのエピソードが主軸化とは思いますが、これはそこまで印象には残りませんでした。しかし、グリオールの死を受け入れられないメリックの最後はやはり気になる。

 

 

『鱗狩人の美しい娘』


主人公キャサリンの若いころのいけ好かない女っぷり(傲慢さ)が目に浮かびます。いますよねこういうタイプの人。とはいえ、彼女が強姦されかけてから竜の体内に導かれるようにして入り込み、竜の意思に従わせられて重荷を課せられるというストーリーはとてもよかったです。話の完成度としては『絵を描いた男』よりもずっと高いと思います。
不気味な竜の体内、謎の動植物、現実と幻覚の境目がどんどん薄くなっていく様子などの描写から、ジェフ・ヴァンダミアの『全滅領域』を連想しました。人間をそのままコピーする植物とか。あそこまでの「読むドラッグ」感はないけれど、肌にまとわりつくような湿度をもった不気味さや、脱出の希望が徐々に奪い取られ諦めや無気力に支配されていくさま、竜の思惑のままに簡単に運命が翻弄されていく絶望感はなかなかのものです。こういうおどろおどろしくて暗くてグロテスクでちょっぴり美しい話は結構好き。
ジョンと逃げ出すところは読んでて「無理だろうな……」と思っていました。だって、キャサリンはグリオールによって課せられた役目があるのに、ジョンは話し相手として(グリオールの超現実的・運命の操作によって)選ばれただけの人物だもん。そりゃまあ、ね。とはいえ、読んでいるとジョンの境遇はまさに「使い捨て」だし、フィーリーたちも単にグリオールに利用されるためだけに従属させられている存在だし、かわいそうに思います。モールドリー老人は謎。こいつはもしかしたら、「嘘つきの館」のマガリのように人間ではない別の生き物、もっといえばグリオールの分身ではないか?と思いました。
お気に入りの描写は竜の心臓や心室の肉がさまざまな記号・模様に見えてくるところ。

 

 

始祖の石


ミステリー風ですが、本旨はそこではなくて主人公コロレイのラストでの気づきにあると思います。つまり、すべては人間の浅はかな筋書きを超えた意思によって仕組まれていたことに感づき、それに抗えないことを知ったうえで自分の邪悪な欲望を解き放つということ。利用されているのかもしれないし、されていないのかもしれないが、自分は自分の欲するままに行う……という暗い決意がぞっとさせます。
主人公を終始魅惑する女、ミリエル。竜に比べれば当然小物なんですが、つかみどころのない妖しさとコケティッシュがキャラを立てていると思います。妖艶な女ですね。でもコロレイ君はレイモスを弁護する立場なのにミリエルと寝たらだめだと思う。虜になってしまっているのだろうけど、そこは自制しなきゃダメでしょ……とはいえ、女に欲望を抱かせることもまた、グリオールの操作によるものなのかもしれない。そこがあいまいなまま終わるのがいい。

 

 

嘘つきの館


一番短い話ですが、もっともお気に入りの話です。異類婚姻譚という説明ですが、まったく異質な、人間と思考の違う生き物との「愛」が、センチメンタルな要素を排除されて語られているところがまさに奇譚ぽい。主人公ホタのふるまいには正直同情できない部分もありますが、マガリを自分の住処に連れ込み村を間接的にとはいえ滅ぼしてしまったことも抗いようのないことだったなら、処刑されるのは理不尽ですよね。絶対村民には伝わらないだろうけど。最後にご都合主義的にマガリが助けに来たりしないのもいい。きっとホタとマガリは現世の肉体的なつながりを捨てて、霊的な結びつきを得ているのでしょう。しかし、タイトルにもなっている〈嘘つきの館〉ですが、これは「愛」さえも嘘に塗り替えられているのか?といううすら寒い想像を掻き立てますね。
「避けようのない、運命という束縛のただ中で、自由への道筋を見つける……それがわたしには愛なの。制約があると認めることで、初めてそこから脱出できるのよ」とはマガリの言葉ですが、これは愛以外にも当てはまると思います。例えば意思とも読み替えられますよね。人間には自由意志はあるのか?という古くから論じられている哲学的テーマがありますが、まさにグリオールの支配のように、人間の意思が物理法則などの物質的なものに還元されてしまうとしても、私たちが生きるこの世界で現実のものとしている意思はそれを超えたところにある働きではないのか、ということを考えさせられました。

 

以上、『竜のグリオールに絵を描いた男』の読書感想でした。ファンタジーでしか描けないリアルさってありますよね。これを読んで久々に確認しました。