精神の煮こごり。

毎日一回以上更新。次の目標は三ヶ月継続!

【二十五日目】ブログを書く目的の再確認・自分の見ていた世界の狭さ

とりあえず右も左もわからない状況でブログをはじめてみて、初めてプールに来た幼稚園児が恐る恐る顔に水をかけてみるようによたよたと文章を書き始めました。

 

もうすぐ当面の目標である一か月連続更新が迫っています。そこで、このブログの目的、ブログを書き始めてわかったこと、今感じている問題点、自分がいかに世界を知らなかったかということへの気づき、という四点をまとめてみたいと思います。

これはいわば自分自身に向けた確認作業であり、メモです。

 

 

1.このブログの目的


・ネット上に文章を書くことに慣れること
・ブログがどんなものであるかを知ること

 

当面の目標はこの二つです。そのため、現時点でこのブログを書く上で最も重視しているのは「毎日更新する」ということです。記事の質が低くても、だれも見に来なくても、とにかく書き続けること。そうすればおのずと書くこと自体には慣れるはずだし、「もっとこういうことが書きたい」「こんなブログにするためにはどうしたらいいのか?」と試行錯誤する過程で、ブログとはどんなものであるかを理解していくと思います。その中で今後の方向性を見つけていきたい。

ちなみに上の二つの目的に対するさらなる上位の動機としては、「自分の考えを発信するメディアがほしい」というものがあります。ただ、これを達するためにブログという形態が私にとってフィットしているものなのかが判断できず、そもそもネット超初心者が何かを発信するためにはどうすればよかったのかがわからなかったため、当面の目的はまず「慣れて知る」ことかと考えています。

 

 

2.ブログを書き始めてわかったこと


・私は文章を書くのが上手くない
はい、もっと早く書き始めていればとっくに気が付いていたでしょう。私は文章を書くことが好きだし、文章を書くのが上手いと自分では思いこんでいましたが、どうやらそれは間違いのようでした。これからうまくなるしかないのです。

 

・ブログを作ることは楽しい。けれど難しい。
いつか「難しいけれど楽しい」に逆転してくれればよいのですが。
私は今までほとんどネット上に何かを書いたり投稿したりすることはありませんでした。SNSさえやっていません。思い返せば、始めてインターネットに自由にアクセスできるようになったのはちょうど10年ほど前、私が中学生の時でしたが、その時から今に至るまで私にとってネットのコンテンツはすべて「見るもの」だったのです。
理由はいくつかありますが、もっとも大きかったものは警戒心です。つまり、自分が書いたものや発信したことが半永久的に残り続けること、ひとたび公開すると全世界のだれからも閲覧可能な状態におかれることのリスクが非常に恐ろしく感じられたのです。また、正直ネット上のコンテンツは暇つぶしくらいに軽視していたということもあります。自分が関心のあることは、そういうお手軽なものよりもっと実のあるものだと思い込もうとしていました。

しかし、自分でブログを立ち上げてみて、こういった警戒心や思い込みがネットへの能動的関わりを遠ざけてきたかと思うと、あまり好きな言葉ではないのですが「機会損失」以外の何物でもなかったなと思っています。「ネット」という大きなくくりでコンテンツを十把一からげに扱う前に、なんでもよいからもう少し早く自分ではじめてみればよかった。そういう後悔が少しあります。これは4でもう少し書きます。

 

3.今感じている問題点


・ブログのテーマ決め
私の調べた限りでは、世のブログのスタイルとして「日記系」「雑記系」「特化系」の三つがあるようです。このなかで私が最も目指しやすいのは「雑記系」かと思います。理由は、読書感想という特定の記事を書くのが最も楽しく、書きやすいということ、そして今までどうにかしてこの辺境のブログを見てくれた人がほぼ全員書評にアクセスしていたことを考えると、今後も読書感想・書評ブログとして書き続けるのが一番無理がないと考えたからです。とはいえ他にも書きたいことや試したいことはたくさんあるし、日記的な記事もかけるようにしておいたほうが続けやすいのは間違いないので、目指すなら雑記ブログです。
とはいえ、今の段階ではまだ決められないので、今後の課題とします。

 

・投稿した記事の推敲
一記事書き終わると「ウヒャー書けた書けた!」と即公開して満足していたのですが、あとから読み返すと誤字脱字や気に入らない箇所がたくさん見つかります。そこで、とりあえず公開→修正という形で今は進めていますが、今後は書きためた下書きや気合を入れて書いた原稿はきちんと事前に何日かかけて推敲することが必要だと実感しました。

 

・文体が決まっていないこと
はっきりいって今の文体や記事の内容は優等生ぶっています。そう、いまだネットへの警戒がどこかにあるのか、または単に慣れていないだけだからか、自分の書きたいことを思いっきり書きたいように書く・さらけ出すこということに羞恥心や抵抗があります。


4.自分が見ていた世界の狭さへの気づき


これが今回最も書きたかったことです。もっと早くから能動的にネットに関わっていれば、今の何倍も見えているものが違っていたと思っています。
思い返せば、大学に入ってから自分の専攻という狭い範囲や自分の好きなことという狭い対象にのみ意識を向け、それ以外のことは意識的に避けてきました。一人でいることが苦にならない性格がネガティブに作用して、SNSをやっている友人やブログを書いている友人がいたにも関わらず、そこからは距離をとってきたしそれが賢いと思い込んでいたのです。また、それ以上に受動的にただダラダラと過ごしていた時間もたくさんありました。この無駄な時間が将来生きてくるのかもしれませんが、それよりも無知であることや意識的に避けてきたことで失ったもののほうが大きかったと思っています。
実体的なもの――つまり、自分の眼で見て、触れて経験できることや、昔から自分が好きだったもの、興味を持っていたものにこだわりすぎ、ヴァーチャルなものを軽視してきたことの結果です。
とはいえ、20代前半の今、気づくことができてまだ良かった。まだ自由な時間はあるはずです。早く書くことに慣れて、自分の書きたいことを思い切りぶちまけられるような場、読んでくれた人に有益なものを持ち帰ってもらえるような場を作りたい。

 

まだ目標の一か月連続更新には達していませんが、書き始めてから二週間以上たってみて振り返った結果がこれです。とにかく今後も書き続けます。