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【四十一日目②】読書感想 パトリシア・L・ダフィー『ねこは青、子ねこは黄緑』

こんばんは。もりひびきです。

今回紹介する本はパトリシア・リン・ダフィー(石田理恵訳)『ねこは青、子ねこは黄緑』です。硬派な学術書というよりはエッセイ寄りの本ですね。

 

ねこは青、子ねこは黄緑―共感覚者が自ら語る不思議な世界

ねこは青、子ねこは黄緑―共感覚者が自ら語る不思議な世界

 

 

あらすじ、というか簡単な内容紹介。

Pは黄色、Rはオレンジーー世の中には「共感覚」と呼ばれる感覚を持つ者がいる。アルファベットに色が見えたり、音楽から像がイメージされたり、食べ物の味に形を感じたり。本書のタイトル、「ねこは青、子ねこは黄緑」も、著者が幼いころ、単語にはそれぞれ固有の色がついていると感じていたことを表している。

共感覚は病気だろうか。それとも、オカルトのような真偽のあやしいデタラメだろうか。いや、そうではない。私たちがりんごを見て「赤い」と感じるのとまったく同じレベルで、共感覚は知覚の一形態だということが明らかになりつつある。最近の生理学、心理学などの研究が、徐々に共感覚の科学的メカニズムを解き明かしている。ものを知覚したとき、本来の感覚とは別の感覚が付随して感じられることには、芸術活動や独創的発想、記憶法といった応用的な役割以上に、生物の生存上おおきな役割を果たしているのかもしれない。

 

共感覚。なんとなく聞いたことがある、という人も多いのではないだろうか。アルファベットに色がついてたり、チキンの味に「鋭さ」を感じたり、特定の音に手ざわりを感じるような、二つ以上の感覚が「共に」感じられる現象のことをいうそうだ。もっとも、共感覚を持つ者は限られていて、その多くは先天的なものだと考えられている。しかし、ある種の薬物を摂取することで一時的に感覚の「混線」が生じたり、病気や事故によって共感覚を身に着ける人間もまれに存在する。いずれにせよ、共感覚はそれを持つ当人には当たり前の現象であり、私たちが空を青いと感じたり、木肌はざらざらしていると感じるような通常の知覚とまったく同様に複数の感覚が同時に知覚されるそうだ。

しかし、この不思議な現象は長い間研究されてこなかったらしい。それはそうだ。自分がものごとをどう感じているか、その具体的な経験の質自体はどんなに頑張っても他人に伝えようがない。Aは赤色なんだ、なんて言い出したら、頭がおかしくなったと思われる。そうやって、多くの共感覚者たちは成長の過程で自分の見聞きしているものが他の人と違うことに気づき、否定されたり狂人扱いされたりするのを避けるためにだんだんその話題を口にしなくなっていくそうだ。また、どんな人間も幼いころは共感覚的傾向を持つそうだ。これは、人間の知覚システムやそれを統括する脳の機能が未発達なときは、感覚をそれぞれ別個の独立したものとして認識できないため生じる現象らしい。しかし、赤ちゃんは成長していくにつれて身体器官が発達し、周囲の人間からものごとの「正しい」見え方・聞こえ方を教わりながら大きくなるため、共感覚を成長の過程で自然に失ってしまう、ということもあるそうだ。そんなこんなで、共感覚は20世紀ごろまでほとんど科学的な研究対象になってこなかった。しかし、科学技術が発達し主観的な現象をより客観的に計測・分析できるような技術が生まれてからは、こうした謎多き共感覚も少しずつその神秘のベールがはがされつつある。

 

共感覚は親子で遺伝することもあるそうな。あの『ロリータ』を書いたウラジミール・ナボコフ共感覚の持ち主だったそうだが、ナボコフの母親も共感覚の持ち主だったらしい。このように、共感覚の有無は遺伝的な要素がかなり大きいとはいえ、ある人にはあるものだそう。

 

どうも共感覚研究のキーは脳にあるらしいが、脳のどの部位が「感覚の混線」を引き起こしているのかは研究者によって意見が分かれている。この本で紹介されていた研究者(サイモン・バロン=コーエン博士)は大脳の新皮質が関わっていることを陽電子放射断層撮影スキャンによって明らかにしたらしいが、僕が読んだ別の文献では、リチャード・E・シトーウィックという研究者が脳の辺縁系共感覚を引き起こしているのではないかと仮説を立てていた。僕は脳科学とか生理学にはさっぱり疎いから、詳しい中身はよくわからない。しかし、自然科学が脳の仕組みを明らかにする過程で共感覚のメカニズムも明らかになるとすれば、僕のような共感覚を持たない人もそれを知覚できるような技術が将来生まれるかもしれない。VR共感覚、みたいな。一歩間違えたらドラッグ体験に近くなりそうだけど。何より、共感覚者の持ち主が異常者扱いされることなく胸を張って自分の知覚の正当性を主張できるようになることが望ましいと思う。もっとも、主観的な「感じ」を客観的な物理法則でどこまで解き明かせるのかはだいぶ謎だとは思うけど……。

 

 余談だけど、『○○は△△、××は□□』ってタイトルかっこいいよね村上春樹の『国境の南、太陽の東』とか、デイヴィット・マレルの『オレンジは苦悩、ブルーは狂気』とか。あとは『イリヤの空、UFOの夏』とか。くそかっこいい。