精神の煮こごり。

毎日一回以上更新。次の目標は三ヶ月継続!

【四十五日目】読書感想 工藤律子『ルポ 雇用なしで生きる』

こんにちは。もりひびきです。

今回紹介する本は工藤律子『ルポ 雇用なしで生きるーースペイン発「もうひとつの

生き方」への挑戦』です。

ルポ 雇用なしで生きる――スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦

ルポ 雇用なしで生きる――スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦

 

 

この本はスペインの地域経済や地域通貨のとりくみを紹介したものだけれど、それらのテーマにもともと興味があったわけではなかった。ではなぜ手に取ったかというと、最近読んだ同じ著者の『マラス 暴力に支配される少年たち』という本が面白かったから。著者の工藤律子氏に興味をもってこの本を読み始めた。

 

概要。

2008年の金融危機以降、深刻な不況と高い失業率に苦しむスペインで、政治改革とともに、いわゆる「雇用」なしでも豊かに暮らすための取り組みが盛んになっている。ユニークな「時間銀行」や、進化した「地域通貨」など、日本では知られていない貴重な試みを紹介。既存の経済・社会システムに依存しない生き方が見えてくる。

同書カバーより

 

この本が書かれたのは2016年だから、つい最近だ。取材は2011年ごろから行われていたらしい。しかし、スペインの経済状況が悪化していること、若者の失業率が非常に高まっていること、民主主義の回復や新自由主義批判の運動がずっと行われていたことはまったく知らなかった。

スペインの国内情勢が市民による「雇用に頼らない生き方」、つまり地域に根差した相互扶助システムを持つNPOの設立や、資本主義に基づく既存の経済システムからの脱却を目指した地域通貨補完通貨の導入といった運動を引き起こしているのだろうが、ドメスティックな問題を抜きにしても、それらは日本に暮らす僕のような人間にはまったく馴染みがなかったので興味深く読むことができた。行き過ぎた新自由主義の弊害についても独自の視点から切り込んでいると思う。ただ、この本は具体的な事例の紹介がメインのため、僕がいちばん関心を持っている部分、つまり新自由主義や競争原理が社会へ浸透することで人々の価値観や精神的な規範を画一化しているんじゃないかという問題にまでは踏み込むものではなかった。また、いくつかの事例が取り上げられているのだけれど、長期的な視点で見たとき、それらの組織や取り組みが継続的にうまくいっているのか(うまくいくのか)、現時点で問題点や課題点はないのかということに対して言及がやや薄かったとも思う。とはいえ、この本で紹介されている取り組みはほとんどが始まったばかりのものだろうし、個々のケースについてはこの本をきっかけにして調べていくというのが良いのかもしれない。

時間銀行というのは、お金ではなく時間を預け、必要なときに必要な人同士がお互いの時間を相互に提供しあう、というサービスらしい。例えばAさんが一時間かけてBさんのパソコンを修理すると、Aさんは一時間の「預金」をしたことになる。その預金を使って、Aさんは別のメンバーに仕事(マッサージなど)を依頼することができる。また、一時間分のサービスを受けたBさんは、ほかの人の仕事を手伝うことで預金の差し引きをゼロに戻したり、あるいは一時間以上働くことでそのぶんの時間を預金することもできるそうだ。こうやって多方向に助け合うのが時間銀行のシステムらしい。

実際問題、例にあげたようにうまくいくかは別として、仕組みとしてはよくできていると思う。時間とお金というと、真っ先に思い浮かぶのは「時給」という単位だが、あれは結局自分が提供できる価値をお金に換算して、一時間という細切れの尺度で計量可能にしたものだ。時給1000円なら求められるのは1000円分のはたらきで、本人が提供しなければならない労働の質も1000円に見合ったものになる。だから「時給分のはたらきはしている」という形で頑張らない人も出てくるし、最低限1000円分は働こう、という人もいる。時間銀行は貨幣価値をあえて導入していないから、貸し借りする時間分のはたらきの質も提供側のさじ加減次第だ。しかし、このシステムはお互いの善意に基づいて行うサービスなので、手抜きをする人はあまりいないのではないだろうか。というのは、一時間分真剣にサービスを提供してくれた人がいるのに自分はテキトウな形で返す、というわけにはいかないだろうから。そういう意味でよくできていると思う。

それに何より、時間銀行を利用しているサービスのような、緩い連帯でつながったコミュニティに所属することで困ったときにお互いが自主的に助け合うことができる。いうなればセーフティネットの役割になる。普段からお世話していたりお世話になっている相手がいれば、困ったときは助けたくなるのが人情だろう。また、金銭的な尺度ではかりにくいスキルを持っている人も、自分にできることがあることを知ることで自信を持つことができるようになる。時間銀行を利用しているのは地元の企業や学校らしいが、特に学校のような場でこういう取り組みが行われるのは好ましいことだと思う。

ただ、日本で同じ形で導入できるかというと……ちょっと難しい気がする。まず、金銭的な尺度に変換しない時間分の労働という概念が普通の人には想像しにくいだろう。ボランティアととられるかもしれない(もっともボランティア=無償というのも認識としては間違っているとは思うけど)。しかし、時間銀行のキモは貨幣価値ではない価値を従来の経済システムに似た形で提供する、というところにあるだろうから、まずそこから受け入れてもらわないといけない。それに、今の日本はあらゆる場面で効率化や合理化が進んでいて、空いた時間でさらに生産性を増やす……というような価値観や生き方が蔓延しているから、ある種「スロー」な時間の貸し借りはあまり共感を得られそうにない。とはいえ、最近時間銀行に似たサービスをネット上で提供しているところがあるとどこかで聞いたような気がするし、小さいながらも徐々に普及していく可能性もあるのかもしれない。