精神の煮こごり。

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【九十日目】天然理科少年だった①

僕には理系コンプレックスがある。もっと詳しくいうと、生物系の学問や学部へのコンプレックスである。根っこを探ってみると、自分の子どものころにまでたどり着く。

 

一番最初にあったのはあこがれの気持ちだったと思う。一番古い記憶では、幼児向けのアニメや特撮で出てくる「博士キャラ」にあこがれていた。僕は運動神経がかなり悪く、サッカーにしてもケイドロにしてもとにかく鈍くさくて弱かった。気弱で喧嘩もろくにしなかったし、人一倍負けず嫌いとか正義漢とかでもなかったから、特撮のヒーローキャラには自己投影できなかった。それを補うように、なのか、幼心なりのプライドなのかはわからなかったが、腕っぷしがダメなら頭だと言わんばかりにインテリの博士キャラにあこがれを抱いていたのだと思う。もちろんそんなひねくれた気持ちだけでなく、白衣や試験管やビーカーのふりまくケミカルな雰囲気を単純にかっこいいと思っていたし、世界を飛び回って新種の生き物を見つけたり生態を研究したりすることを冒険のようにとらえてワクワクしていた。

それに加えて、多くの子どもと同じように、僕は幼いころ昆虫が大好きだった。幼稚園のころから虫に親しみだし、小学生のころは虫を取ってきては標本にしたり飼育したりしていた。とにかく朝から晩まで虫のことで頭がいっぱいだった。一番関心をもっていたのは水生昆虫というやつで、タガメゲンゴロウタイコウチミズカマキリといった昆虫が大好きだった。これらの多くは肉食性で、飼育していると小魚やエビを捕食するところを見ることができた。ハンターはかっこいい。昔から、池や川があると網を突っ込んで生き物を捕まえるのが大好きだったから、水辺の昆虫に興味を持つようになったのも当然だと思う。昆虫だけでなく自然そのものも好きだった。水生昆虫は水質の悪化に弱く、絶滅危惧種も多い。そういった状況に心を痛め、どうしたら環境破壊が減るのかを幼いながら問題に思っていた一方、「数少なくなった」という言葉がマニア心を刺激し、ため池や川で珍しい種類のゲンゴロウなどを捕まえては珍品を手に入れたという満足感に浸っていた。

 

とにかく、一言でまとめるなら幼少期の僕は天然理科少年だったのである。五教科のなかで一番好きだったのは当然理科。生物や昆虫、実験に関する本ならかたっぱしから読んでいた。将来は昆虫学者になるのだと自分を信じて疑わなかった。一番の宝物は、誕生日に買ってもらった光学顕微鏡と、馬場金太郎先生の『新版 昆虫採集学』だった。とくに『昆虫採集学』は擦り切れるくらい何度も何度も読んだ。

 

 

昆虫採集学

昆虫採集学

 

 

そんな自分に明らかな転機が訪れたのは中学生の時である。いや、その兆しは小学生のころからあったのだが……。一言でいえば、僕は算数や数学が大の苦手だった。本当に、なにも理解できなかった。興味さえ一ミリも持てなかった。計算ドリルは何度も何度も単調な計算を自分に強いる苦役でしかなかったし、速さや割合の文章題は理解の及ぶことない果てしない虚無だった。小学生の時はまだ苦手で済ませることができていたが、中学になると数学ははっきりと「苦痛」に変わっていた。塾で詰め込まれていたから学校のテストの成績自体はそこまで悪くなかったが、数学がとにかく意味不明なのは相変わらずで、嫌で嫌でたまらなかった。そうこうしていると、能天気で昆虫大好き~とか言ってた自分も、中二か中三くらいで気づきだす。「あれ、これ理系無理じゃね?」と。

 

明日に続きます。