精神の煮こごり。

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【九十一日目】天然理科少年だった②

前回の続き。

 

そう、中学生のときに気づいてしまった。こんだけ数学が苦手なら、理系を目指すことは不可能なんじゃないか……? ということに。小学生のころのバイブルであった『昆虫採集学』の影響で、当時僕は九州大学農学部に行きたかった。小学生のときに一年間福岡に住んでおり、九大主催の昆虫標本の同定会に参加したこともあったので憧れは一層募るばかりだった。しかし国公立大学なので入試に数学は必須なのである。

いや、数学への苦手意識、嫌悪感は今思い返すとさほど大きな問題ではなかった。本当に自分の好きなものへの愛情を貫くなら、どんな障壁があってもそれを乗り越えようと根性を発揮していただろうし、というよりは僕のことだから何とかして数学を使わずに農学部に入る道をこせこせと探したと思う。では何がさらなる問題だったのか?

問題というより、自意識の変化である。中学生になり、いっちょまえに思春期めいたものがやってくると僕の能天気な脳みそにも少しずつ変化が起き始める。つまり「虫好きの変人野郎はモテない」という自意識である。

とにかく、モテたかった。彼女を作ってエロいことをしたかった。男子中学生の多くが通るであろうこの沼にいつの間にか僕もずっぷり浸りきっていた。女の子の多くは虫嫌いである。そして虫好きはキモくて幼い。キモくて幼い奴に彼女はできない。そんな根拠のない自意識が、昆虫への情熱から意識的に自分を遠ざけていった。結局、スポーツができるわけでも顔がいいわけでも気遣いができるわけでもなく彼女ができることなどなかったのだが。

 

今思うと、本当に幼くて愚かだったと思う。世間一般という実体のない幻想と自分を比べて、自分の持っていたものをわざわざ捨ててしまうなんて。どんなにキモイと言われようが、周囲から理解が得られなかろうが、自分が夢中になれることはただそれだけで価値がある。むしろ周りからキモがられてドン引きされるくらい何かに真剣に夢中になればいい。オタクになればいい。

と、20歳を超えた今だからそう冷静に思えるわけだが、中高生のころの僕には「自分」よりも「周りからの評価」が大事だったのだ。もっとも今も自信はない。かつての愚かさに気づくことはできたものの、世間・一般・普通という価値観はいつも僕の中に潜んでいる。そういう価値観は社会とかかわる限り空気のように僕の身体に入り込み、考え方にしみこんでいく。

 

かくして僕は虫好きという趣味を封印し、高校受験に自らを駆り立てた。といっても、あのころは自我がほとんどなかったため高校もほとんど親の言いなりで決めたようなものだった。与えられる勉強をこなすだけの毎日。結局、地元の公立高校はさほど偏差値が高くなかったこともあって私立高校を受験した。志望校は入試の点数で入学時のクラスが振り分けられるようになっており、最も上位の理系クラスを第一志望にしたが、点及ばず上位文系クラスに合格した。自分の成績では到底上位クラスは無理だと言われていたから、上位文系クラスに入れただけでもめっけもんで親や塾の先生はとても喜んだが、本人としてはやや複雑な胸中だった。

もし、あの時あと少しだけ点が高くて理系クラスに入れていれば……僕は理系に進学していたのかもしれない。

 

高校二年生の進級時に文理選択をするため、厳密には一年のときのクラスで文理が分かれるわけではなかったのだが、そのままなし崩し的に僕は文系を選択してしまった。中学数学でさえ苦戦していたから高校数学は目も当てられないほど悲惨な成績だったし、意識的に虫好きの趣味を封印してきた結果昆虫への情熱はいつの間にか薄れてしまっていたし、高校の現代文の授業が面白かったこともあって文学部に行きたいと考えるようになっていたのだ。その後大学では文学部に進学し、大学院にまで行き、今に至る。

 

こうして僕の中では理系コンプレックスが今も渦巻いている。

 

もし「昆虫オタク」の道を極めていたとしたら……チャンスはそれこそいくらでもあった。高二の文理選択、大学受験、編入試験、大学院。進路を変えようと思えばできたはずだが、文学部で哲学にはまったこともあって結局理系には行かず仕舞いだった。哲学と小説に夢中になることで自分を肯定したかった。変化が怖かったのもある。別に大学に入らずとも、趣味で昆虫を取ったり調べたりすることはいくらでもできるはずなのに、なぜそれもしなくなってしまったのか。情熱が冷めてしまったのか、コンプレックスに向き合いたくなかったのか。小学生の頃から変わらず、理系で知的でインテリでケミカルという雰囲気にただ憧れていただけなのか。隣の芝が青く見えるように、理系の学生や院生にあこがれていただけだったのか。

結局はそのすべてかもしれないし、わからない。

 

僕の中にいた天然理科少年はどこに行ってしまったのだろう?